唐招提寺
東山魁夷と唐招提寺

東山魁夷は、文化勲章を受賞した翌1970年の暮れ、唐招提寺の森本長老(当時)から、鑑真和上の座す御影堂の障壁画制作を依頼される。国の重要文化財に、現代の作家が障壁画を描くのは戦後初の試みであった。制作開始から全ての障壁画を描きあげ奉納する1980年までの間、東山魁夷は鑑真和上ただ一人に向き合い、御影堂の荘厳に60代の10年間を捧げた。制作は二期に分かれ、第一期は「宸殿(しんでん)」「上段の間」に日本の海と山《濤声》《山雲》を描き1975年に奉納。第二期1980年奉納は「松の間」「桜の間」「梅の間」に故郷中国の風景《揚州薫風》《黄山暁雲》《桂林月宵》が水墨で描かれた。最後に「厨子」内部に和上が日本へ降り立った薩摩秋目浦の風景が描かれて1981年に奉納された。この荘厳には、和上が見ることの叶わなかった日本の風景を捧げる、という東山魁夷の魂が込められている。

御影堂障壁画  濤声     16面   昭和50年(1975)

御影堂障壁画  山雲     10面   昭和50年(1975)

御影堂障壁画  揚州薫風   26面   昭和55年(1980)

御影堂障壁画  桂林月宵   08面   昭和55年(1980)

御影堂障壁画  黄山曉雲   08面   昭和55年(1980)

厨子絵     瑞光     03面   昭和56年(1981)

唐招提寺
東山魁夷と唐招提寺

東山魁夷記念一般財団法人
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唐招提寺
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唐招提寺
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御影堂障壁画

濤声     16面   昭和50年(1975)

山雲     10面   昭和50年(1975)

揚州薫風   26面   昭和55年(1980)

桂林月宵   08面   昭和55年(1980)

黄山曉雲   08面   昭和55年(1980)

厨子絵

瑞光     03面   昭和56年(1981)

東山魁夷記念一般財団法人
唐招提寺
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